6th Trip for Korea Railway 2004.01 (2003.12.28)


7時頃に目覚める。空は真っ暗。7時半になってから朝食を取った後、部屋で寝てしまった。
1415分のビートルの出航に間に合えばいいのだから、それまでに福岡近辺を廻ればいい。

9時過ぎにホテルを出る。このあたりには、博多港貨物線が延びていたが、今でも路盤跡とおぼしき部分を垣間見ることができた。天神駅から姪浜まで向かう。地下鉄1号線の天神以西は一度も乗車したことがなかったので、この際乗車しておく。

姪浜駅は、福岡市営地下鉄の車庫と筑肥線が分岐するためか、複雑な配線となっていた。
ここで貝塚まで乗車する。ずっと地下区間を走るものだから、眠気を催す。

貝塚から西鉄宮路岳線に乗車。貴重な吊掛車であるモ308+358の編成だ。
貝塚駅を発車してすぐ、有名な撮影ポイントである名島橋を通過したので、隣の名島駅で下車した。

西鉄宮路岳線は、10時台までは三苫までの折返しがあるために6分間隔で運転されている。
近くを走る
JR鹿児島本線も非常に本数が多い。あまりここで粘っていると、JR香椎線に乗る時間がなくなってしまうので、息せき切って名島駅までたどり着くと、モ316+366の編成がやってきた。

元大牟田線の600系。この系列が今では主力。(写真は082月撮影)

宮路岳線の車両は、全車大牟田線からの転用車である。銘版(昭和27年製)を見れば車齢50年近くの車輌が転がっている。最近はモ600形などの中型車が増えてはいるが、それも車齢30年は下らない。

1118分に和白駅に到着。JRと西鉄のホームは隣同士なのに、JRの駅舎は踏切を渡り、さらに階段を上り下りしなければならない。ほどなく西戸崎行の列車が到着。キハ47系の2連。香椎線は、沿線人口の増加に加え、海ノ中道などの観光開発が進み、列車本数は大幅に増えている。

雁ノ巣を過ぎると一転して右側には海が広がる。スピードを緩めたかと思うと信号場で列車交換。
しばらく走ると、海ノ中道駅。海浜公園の真前にあり、
JR職員が出札をしていた。
左に海が広がり、福岡ベイエリアを遠くに眺めると、終点の西戸崎。
駅前には巨大なマンションが建ち、駅舎も近代的なものに建て替えられていた。

折り返しの宇美行に乗車。信号場の手前にホームらしきものを見かけたが、あれが旧海ノ中道駅か。
和白で列車交換を行い、香椎駅で
1分接続の快速列車に乗り換え、1225分に博多駅に到着。

元大牟田線の313系。315編成のみが 路線短縮後も生き延びた。

30分ほど余裕があるので、有名な「一蘭」博多駅前店を探したが、どこにあるかわからず、近くの店でラーメンを食べたが、案の定まずかった。バスで中央埠頭まで移動し、乗船手続を済ませ出航を待つ。
待合室は大きな荷物を抱えた韓国人でごったがえしていた。

船内では、時間潰しに「女性自身」などの女性週刊誌を読む。座席は飛行機のエコノミー並みのシートがならんでおり、コーヒーショップでは、免税ビールを売っている。

日が落ちた頃に釜山港に到着する。急いで入国手続を済ませる必要はない。
近くの「慶州デジクッパ」でデジクッパを食べに出向く。何度もこの店には出向いているのだが、今回は調子に乗ってアミを大量に放り込んだので、あまりの塩辛さに難渋した。

この町並みを見ると、釜山に来たと実感する。(写真は031月撮影)

少し歩いて国鉄釜山駅に到着し、前売窓口で今回の旅程の切符をすべて確保。
到着時間を示す案内板を見ると、妙なことに気づいた。一番下の列車種別が「統一号」となっていた。
ソウル〜釜山間の統一号が廃止されて久しく、この案内板の表示がおかしいのだろう。
改札口付近では多くの乗客が食い入るようにテレビを見ているところが、いかにも韓国らしい。

時間に余裕があるので、駅近くのPC房で時間を潰し、さらに食料を買い込み、列車に乗り込む。
たった
3両しか連結していないのは、慶全線を通して利用する乗客があまりいないということか。

釜山鎮、沙上、亀浦と進むに従って乗客が増えてきた。亀浦駅近くは、温泉マークのモーテルが多い。
ラブホテル街なのか。
40分ほど走ると三浪津駅。慶全線の分岐駅だ。ここからまだ6時間ある。

馬山駅付近で目が覚める。降車改札のみが煌々と照明がついていた。
まだ先は長いと、酒を飲んで眠りにつくが、またも晋州駅付近で眼が醒める。

浣紗駅での通票授受があるかと思ったが、どうもそういう形跡もなかったようだ。
いつのまにか北川駅。また仮眠を取ったと思ったら、西光州駅付近で目が覚める。

Next