きまぐれ日記
Capricious Diary

日曜日を中心に更新(新しい内容から 順番に記載しております)。

2011.12.28(水) 晴
結局、先週は平日は本業、週末は家庭に追われ、更に賀状準備その他もあって、ドタバタしていた。腰痛もあってサイト更新どころではない。愚痴を書きだせば限はないのだが、とりあえず 仕事も終わったので、まずはC81参加公告(明後日 東パ34b)ということで。

あと、来年に向けての構想はほぼ固まったのでちょこっと予告。幸い、本日 手元資料の目録を作っている中で おおむね資料は揃えられたかも知れないが、年明けに NDL-OPACの郵送請求が復活すればまた追加資料をかき集める予定。ただし、現地調査をどうするかという課題は残る。もっとも、現地調査名目で 「蒸機」であるとか「葦」のほうに出向かないという保証もない。

C82: 満州港湾整備史、貨車技術史など
C83: 満鉄人事制度研究(職位職制)など

2011.12.18(日) 晴
今月に入って週末久々の快晴、ところが家人の都合で(歯科治療後)午後は自宅に抑留され、長男の世話。本日も同様で、長男の世話に追われて何かできたというわけではない。幸い、「論叢I」「論叢II」のテスト版は12/3(土)に納本されているので、その対策に頭を悩ませる。誰に献本すべきか否かなど。まだ結論が出ていない。

【予告】
12/30(金)当日は 東パ34b 「中国貨車研究会」 で出展。興味のある方は来たれたし。

2011.11.30(水) 晴
原稿そのものは入稿済。「中国貨車論叢」「中国貨車論叢 II」 それぞれ頒布予定。
サイトの更新はまったく捗らず。本業多忙につき、撮影行の時期を延期せざるをえなかったこともあるし、「論叢 II」脱稿に伴い一時的に文章を書き留める力が失せていたのが最大の理由。「論叢 III」の構想はあり、資料もほぼ収集しているが、何しろ 次回刊行(来夏)まで 時間があるので、 どのように構成するかはゆっくり考える。 現地貨車文献も査収してからのお楽しみということで。

※ G70B / U15 の来歴、また CCCP製貨車とか気になるものはあります。

2011.11.06(日) 曇のち雨
今冬のC81は、前回同様 「中国貨車研究会」名義で参加(金東パ34b)。
刊行予定物は、「中国貨車論叢」 第2版と、「中国貨車論叢 II」。
サイトの方には全く反映させていないのは、「貨車総覧(専用線編)」「大陸の秘境駅」と「紹興漓鉄」はこれの焼き直し(文章は一から書き直し)ということもあるため。そのかわり暫く放置していた 「韓国旅行記」 の残りを復活。
2011.10.17(月) 晴
今回は、久々の宝塚観劇記 (「アルジェの男」)と、今となっては最後の前進稼働地となった 泗水大宇水泥廠の地図を追加。意外に 蒸機路線図は閲覧されているようで、冬の時期を前に更新を試みる。
2011.10.01(土) 晴
とりあえず、手持ち在庫のほとんどを書泉グランデに納入するので (一旦 タコシェに委託していた分も含め)、これが終わると初刷はすべて捌けた勘定となるので、第二版(あるいは第二刷)を考えないとならない。五月雨式に小ロット納入を続けているが、販売ペースが自分の想定より早いので状況を再度追う必要がある。

そのため、手持部数が限界水域になってしまった。

2011.09.23(日) 晴
「中国貨車論叢」は 自分の予想以上に 捌けているという印象(当初は C81どころかC82まで長期滞留在庫を貯めこむのではないかと危惧していた)。あと在庫をもう一回出したら、初刷をほぼ吐き出す格好になってしまい、追加発注を考えなければならない。ただし、「タコシェ」では(予想通り)反応が良くなかったので、9月末で在庫を引き揚げ 書泉グランデに一本化する予定。

あまり更新頻度は高くないのだが、「論叢」に見合う形で サイト内の文章を一部修正。特に 1年以上前に書き出した「100t貨車」関係が 論点整理前の内容となってしまっているので。(「論叢」の文面をコピーはしません、そこまでしたら 購入いただいた方々に失礼になる)

2011.09.14(水) 晴
9/3(土)に市場性を見るために 少部数投入したのだが、書泉グランデより追加納品要請あり。当面は在庫に余裕はあるはずとはいえ、想定外のペース(せいぜい月に1〜2冊捌ける程度と考えていた)。誰も手がけない突き抜けたジャンルはそれなりに需要があると考えてもいいのかも知れないが、そうなると 現在考えている「中国貨車論叢 II / III」 も納得の行くまで掘り下げた内容にしなければならないと、恐懼の限りである。

第2刷まで考慮に入れる必要が出るとは全く考えていなかった。

2011.08.28(日) 晴

今回は、「中国貨車論叢」 の 販売告知。9月上旬を目処に、2箇所ほどで 委託販売を実施します。部数は 最初は少部数でいきますが、追加納入は可能ですので ご安心を。しかし、こんな作品を一体誰が読むというのだろうか? ほとんど「成人限定」と化している。

2011.08.14(日) 晴
【御礼】

炎天下の中、コミックマーケット(東地区 U-32b 中国貨車同好会)にご来場の上「中国貨車論叢」をご購入いただきました皆様へ感謝申し上げます。「中国貨車」を筆頭に(ほとんど誰も手がけない)マイナーなジャンルについて書いたものなので、どこまで受け入れられるかわかりませんでしたが、今後共ご期待に添えるよう取り組んで参りますので、よろしくお願いいたします。

周知も至らぬ状況ですので、通販の方法等は 改めて考えます。

2011.07.17(日) 晴
とてもじゃないが更新どころではない。
長男生後一ヶ月、ますます生活が不規則に。

とはいえ、それでも 日本国内の写真など数枚更新してみた。

2011.07.03(日) 晴
サイトの更新はほとんど未着手という状態。
長男の退院後、育児に夫婦とも追われているのだから当然だが。

そういうわけで、今回は 画像引用連絡(許可)用に作成した 「北朝鮮の100トン重貨車を検証する」 英語版サマリーを アップしてみた次第。本サイトで当初まとめていた内容と微妙に違っているのは、今年になってその論考の方向性に若干変更が生じたため。あと、版下は受領済(育児に影響を与えないよう前倒しに進めた結果)。
2011.06.19(日) 曇
「中国貨車論叢」 の 画像転載許可を取り付けるべく動いていたのだが、そのうち露西亜・北朝鮮の8軸貨車については引用許可をすでに受領。ただし 「大連甘井子埠頭の電気機関車と桟橋電車」については デジタルアーカイブを公開している日本建築学会に著作権がないため、掲示板と 当サイト(ならびに「論叢」最終ページ)に公告を掲載する。

なお、日本建築学会は 「満洲技術会報誌」の各著作物については著作権を保有していないので、引用の域にとどまらない著作物の二次利用については 照会ならびに公告を行ったほうがよい。別の言い方をすれば、引用要件さえ満たしていれば(当たり前だが「引用権」は著作権法上認められた正当な権利である)、許可を取る必要はない。

とはいえ、今回の刊行に際しては、著者(撮影者)に対して敬意を示すのが引用者としての義務ではないかと考え、きちんと動いてみたが、その引用の意図を説明するために 英抄訳作業まで行う始末。ただし、こういうことはやって損はない。
2011.06.11(土) 晴
本日0647、長男誕生。2,222g。【爾後報告】
2011.06.04(土) 晴
一ヶ月の間更新を止めていた最大の理由は、家庭の事情(妻の出産を控えている)もあったが、実はその裏で 今夏のC80(コミケ)出展用の原稿を進めており、昨日その当選速報を受領し、3日目(8/14)の東地区Uブロックの32bに配置されることが決定。「中国貨車研究会」名義で、いわゆる「一人同人」。書名は「中国貨車論叢」で、本サイトで過去取り上げた内容を大幅に加筆して、一冊にまとめ直したもの。現在、こちらに掲載されている内容は研究途上のものですが、すべてを取り上げるわけではないので念のため。その代わり、活字にして世に問う以上は、恥ずかしくない内容とする所存。現在は、再校正作業と、著作権許諾の手続を進める段階。
2011.05.02(月) 晴
一時期更新をしようとして沙汰止みとなっていた日本編の画像を追加。日立電鉄(旧塗色復活編)の画像は、当時あまり写りのいいものがなかったのだが、久々にスキャン作業を行い ここに復活。あとは、山陰線の貨物や、小湊鐵道の画像なども追加。

貨車画像も、2004〜2005年当時は コンデジの解像度不足のため ポジプリントからのスキャン作業を実施しており、これも折を見て差し替える予定だが、現時点では明言できず。

2011.04.23(土) 雨
一日中、激しい雨が降ったりやんだりの繰り返し。諸般の事情で更新どころではないのだが、過去の韓国旅行記をすこしずつ復活させていく。当時の表現を少し手を入れるだけで余計な作業が増える。

咸白線咸白駅という、閉山となった炭砿がある街まで出向いたときの話だが、日本人であんなところに行った人間はまずいないと思う。さらには、列車に乗り遅れ、まともな宿に泊まれなかったのだから、ひどい話である。たぶん誰もやらない 「韓国旅行」。

2011.04.03(日) 曇
過去に撮影した貨車画像を調べていたら、面白いものがでてきたので 5枚ほど追加。 特に化成品貨車は その専用種別も拡大傾向にあるものの、化学式の中文表記を判読するのは非常に難しい。

貨車関係は、2004〜2005年に撮影した低画質画像(640x480)が あとになってみると 主要諸元すら読み取れず、今になって銀塩で撮影しておいたのが結果として正解であった。 なにしろ、この時代に撮影した貨車の中には 既に淘汰が進んでいる形式も存在し、また内燃化の進んだ路線にわざわざ貨車だけを見に行く時間は取れないからである。

2011.03.30(水) 晴
この2週間ばかり、電力供給事情の悪化による 通勤日程の不規則化、ならびに諸般の事情により更新どころではなかったというのが実情である。 正直なところ、落ち着くなどとは程遠い状況下にはあるのだが、今月発売の 「鉄道ジャーナル」誌で極めて興味深い記事を見つけたので、それに触発される形で 一つ記事を起こしたのと、あとは その後の関東近辺の交通事情についての現状報告を起こしてみた。

今後の更新予定は、上述した事情で目処が立っていないが、持ち越しとなっている 韓国旅行記でも すこしずつ更新していきたい。何しろ、「鉄道」、「観劇」 揃って総崩れの状態であるから、あとは手持ちの研究結果を少しずつ進めていくほかないと考えている。

2011.03.15(火) 曇
先週金曜(11日)の「東北太平洋沖震災」が起こった14時46分、都内で仕事をしていた。オフィス内は書類が散乱するなどの被害を受けたが、従業員に怪我はなかったのが不幸中の幸いであった。16時過ぎに家族と連絡を取り、交通機関は事実上壊滅している状態であったが、19時に帰宅を決断し、国号1号線経由で東神奈川まで歩き、翌朝4時に帰宅した。

東北地域の被害状況は甚大なものであることが判明したが、首都圏も電力・物流事情の逼迫から公共交通機関の麻痺、ならびに輪番停電などの措置が取られている。東北地方と比べるべきではないのは言うまでもないが、その時の記録を個々に残していきたい。

なお、関東地域でさえこの時期はかなりの冷え込みを見せているので、東北地方の冷え込みは尋常なものではない。ましてや、福島第一原発で作業をされている 自衛隊・消防・東北電力関係者は それこそ命懸けで作業をしている(チェルノブイリ事故の「石の壁」に例えられよう)。彼等への畏敬の念を持たねばならないし、我々ができることは、作業の成功を祈るのみである。

2011.03.06(日) 晴
宝塚観劇記(「記者と皇帝」)をまずは更新。

あとは、久々に引っ張り出したプリントから 貨車2型式の画像をスキャンして取込み、韓国旅行記(2003年夏)の復活作業にとりかかる。このときは、1222列車で釜田〜清涼里間を乗り通したことと、釜山・大邱でのプロ野球観戦が主体で、撮影はあまりぱっとしたものではなかったと言える。

2011.03.01(火) 雨
またも久々の更新。週一ペースどころか、隔週の更新すら出来ていない現状。

さすがにこれ以上の放置は問題があると考え、今回は 中国貨車関係の説明文と 韓国旅行記(2002年冬)を再開。後者は米国製DL(3000号台)が活躍していた慶北線での撮影記で、8年もの時間が経過したのかと思うと感慨深いものがある。KTX開業前には、朝鮮戦争時代に投入されたDL(2000号台)や、1950年代に投入されたDL(3000、3200etc)が残存しており、入換作業などに散見されたが、本線運用されていたのは 慶北線が最後の存在だったかもしれない。

2011.02.17(木) 晴
久々の更新。

鉄道関係のコンテンツの更新ではなく、宝塚観劇記(「メイちゃんの執事」日本青年館公演)と相成った。鉄道関係の更新が止まっているのはネタ枯れというのは否定しませんが(どこかに出掛けられるだけの余裕がない)、それ以上に 資料収集作業に専念しすぎて それをうまくまとめきれていないというのが実情。

2011.02.03(木) 晴
先週は諸般の事情で外出が続き、今週は家庭の事情もあるために更新どころではなくなってしまったので、一旦整理していた画像から 首都圏地域のものなどを抜粋。

一時期は あれだけ写真を撮りまくっていたのに、最近はカメラを持ってもなかなか撮るものがなくなってきている。ひとえに金がないので出掛けられないというのもあるのだが、それ以上に研究調査活動に注力しているのも原因かもしれない。あと、暫く停止していた観劇の方も、2月〜3月に再開予定。いわゆる「バウ」ものです。

2011.01.22(土) 晴
本日はどこにも出掛けず、引き篭もり状態。

先週から今週に掛けてサーバー不調、週末にかけて通信局の問題が発生し(インターネット接続できず)、サイトの更新どころではなかったが、それでも 少しは更新でもしておこうと、日本の鉄道写真(廃線編)などを追加。下津井電鉄が廃止されて20年も経過したのかと思うと、隔日の感がある。
2011.01.08(土) 晴
「欠落泥土中、委棄無人収」を年頭の挨拶にする勇気はない。

年末年始は、金もないばかりか、家庭の事情で遠出もまかせず、ほとんど家にいた。おまけに、年始に入って風邪をこじらせてしまい、更新どころではない。更新するネタもないといえばそうだが、トップページの画像すら交換していないわけで、手抜きもいいところ。 そんな中、一部コンテンツが N速に取り上げられたせいか、急激にページ閲覧数が上昇していたのには驚いた。理解してもらえなかったのは残念だが、あっちの世界に逝き過ぎているので仕方がない。

本年は、「鉄」活動については研究活動のとりまとめに専念するため、画像の更新はあまり期待できない。研究活動自体は去年のうちに資料もかき集めて方向性もまとめているので、成果は形にしていきたい。これが、本当の意味での「総決算」となるし、色々な意味で区切りの年になるので、何としても仕上げる予定。
2010.12.19(日) 晴
週末はどこにも出掛けず。今日は15時まで(半日以上も)寝ていた。

更新すべきものもあまりないので、日本編の画像を数枚復活した程度に留まる。ネタ枯れは特にここ最近その傾向が強まり、何しろ まともに写真を撮らなくなったところが大きい。そのようなこともできない諸般の事情が大きいとはいえ。来週、なにか更新するものがあるか、それはわからない。年賀状書きにも手をつけなければならないし。

2010.12.12(日) 晴
今回は、大連甘井子埠頭で使用されていた川崎車輌製電機の調査結果反映を主眼とした。残念だったのは、この電機はもはや使用をやめてしまったようであり、再稼働の見込みは極めて薄いという点である。できれば何らかの形で保管してもらいたいものだが、正直なところ、かなり不安である。

撫順は電機2両、DL1両しか見かけず、調兵山ではSY1770、1771の2両が稼動していたものの、気温が高いせいかあまり煙は芳しくなかった。阜新ならまだ蒸機がいるだろうと言われそうだが、3日間で駆けずり回ることを考えると、不確実性に頼ることもできなかったし、これも最後の撮影行と思えば最早悔いはない。事実、家庭の事情もあり、今後は各種趣味活動に力を割くことは事実上不可能となる。唯一手がけられるとすれば「論叢」のたぐいだけであろうか。

2010.11.27(土) 晴
蒸機関係の更新は、とりあえずこれで打ち止め。残るは劉家峡とか、新密とか、ただそこにいる蒸機を撮っただけのものばかりなので(死んだ蒸機を出せというなら、銅陵など他にもある)、整理の関係上ここで切る。ついでに、韓国鉄道関係の画像も復活させてみた(旅行記はその内容が古すぎて、どのような形で再構成するか未定)。朝鮮戦争時からの生き残り、DL2000号台とか。2003〜2004年にかけてDLも標準化されてしまい、面白味が欠けてしまった。

あと、統計資料が届いたので、一部論叢の更新を行ってみたが、まだまだ課題は残る。来週末は「調査行」のため、更新は暫く停止。それ以外にも(師走ということもあってか)身の回りの案件がいろいろあり過ぎて、さらに更新頻度が下がりそうな気がする。今でも(ネタ枯れということもあり)週一でしか更新していないが、今後どうしたものか。

2010.11.20(土) 晴
蒸機関係の更新もそろそろ終了という状況。かなり割愛してしまったものがあるが、出来があまりよくないので、今回だいぶ整理してみた。まだ追加していないのは、劉家峡と新密だが、挙げられるほど出来のいい写真がないので(それを言い出したら、訪問時には死んでいた路線なども取り上げる必要がある)、今のところは保留しているというのが現状。

これからもう一回(最後の)調査・撮影行のための準備があるので、なかなか気分的に更新する気分ではないのはご勘弁を。次は日本編か、韓国編のどちらか。

2010.11.13(土) 晴
今日は、蒸機関係の中でも、甘粛省・浙江省・北京市(河北省)といった、その他大勢に入りそうな写真を数枚追加。蒸機のある場所に行って、何時間待ってもスカだった北京市(河北省)とか、散々な目にあった甘粛省とか、そんな記憶を呼び覚ましそうな一枚ばかり。浙江省は意外とスカは少なかったので、いつまでも残ると思ったら 2007〜2008年にかけて呆気なく姿を消してしまったのは残念。
2010.11.12(金) 晴
「鉄道部品輸出高」に統計資料の追加。画面スペースの関係で2004年度と2009年度に留めたが、これを年度別に切り出すと、CRH2、重慶単軌、HXD3などといった案件(さらには北京・重慶地下鉄)の影響が大きいことは明白。「抵制日貨」どころではない現状が、統計資料から明るみとなっている。

久々に日本鉄道関係の写真を復活。今度少しずつ進める予定。

2010.11.07(日) 晴
前日は大糸線沿線に出かけており、今日は買物などに付き合っていたため更新どころではなかったはずだが、蒸機関係の写真を数枚(いわゆる「その他」)更新。出来上がりに難のあるものをどうやってまとめていくかが課題。

あと、日本国内の画像については、来週を目処に再開準備中。

2010.10.31(日) 曇
やっと貨車編の画像整理完了。似たような写真や出来上がりの悪いものが多かったため、若干落とさざるを得なかったものの、最近の70t貨車シリーズは新形式が多いのでカバーできていないのもあるが、これで主要形式はほぼ網羅できたと思う。

あとは蒸機編で、鎮江と南票の画像を追加。問題は、これ以外の蒸機写真の出来が乏しいというケースで、これをどうやって統合しようかと検討中。

2010.10.30(土) 雨
季節は秋を通り越して、すっかり冬の様相。 紅葉なんてどこかに行ってしまったようなこの寒さで、まだ台風がやってくるというのだから、今年の天候は かなりおかしい。寒い時期は 「蒸機の季節」なのだが、今のうちからこれだけ寒いと、12月の進撃が思いやられる。鉄法で零下30度とか考えたくもない。

というわけで、蒸機編の画像を少しずつ復活。今日は平庄と平頂山。

2010.10.24(日) 雨
再編以来未着手の状態が続いていた中国蒸機編の画像を復活。

とりあえず代表的な場所を中心に選択してみたが、「荊州地方鉄路」は自分以外のレポートは皆無なので、気が向いたら御高覧ください。ここも2007年10月には内燃化されてしまったのが残念。あまりにもマイナーすぎて行く者は誰もいなかったが、石炭ではない一般貨物(棚車など)を牽引する蒸機路線はここが最後だったのかも知れない。

2010.10.17(日) 晴
今週は 久々に観劇が続いた関係で、鉄道とは無関係なものを追加。
それ以外は(蒸機編とかは)未着手なので、冬にかけて復活予定。
2010.10.11(月) 晴
今回は、前に作った「もっと秘境駅へ逝こう 大陸地獄変」 と銘打った 中国鉄道駅の写真を一気に復活。画質の悪い過去の画像はこっそり置き換え済。ついでに貨車写真もほぼ復活。

「貨車論叢」編を進めるか、「蒸機画像」を復活させるかは未定。

2010.10.07(木) 晴
中国貨車の溶接技術発展(異径胴罐車2系列)の雑文と、貨車画像を更新。前者は、「中国機車車輌工芸」という南車集団戚墅堰発行の技術誌に依拠した内容であるが、一度荊州で見た G73型罐車についても併せて書きたかったので、強引に付加している。G73/G70Bの画像がないのは、2007年10月にデジカメを現地で(盗難で)紛失した事情による。後者は、貨車画像を画像・構図がまともなものに絞り込もうとしたのだが、一部型式(M11やC50など)はまともな形式写真を撮っておらず、不満な点はあるのだが 仕方がない。

あと、「中国貨車論叢」が 増えてきたので、少し画面表示を変更している。

2010.09.30(木) 雨
今回は手持ち資料を利用して、鉄道車両部品別輸出推移と、輸出蒸機の年度別推移を作成してみた。前者は 10年毎に切り取った中での推移を 輪切りにして調べてみたもので、端的に言えば 電機品(特に中国向け)が大きく増えているということである。

後者は 1950年代の輸出主力製品であった 蒸気機関車の輸出について簡潔にまとめたが、蒸気機関車の輸出について触れる場合、本来は アルゼンチン Rio Gallegos 炭砿向蒸機(新三菱重工三原)について詳しく触れなければならないのだが、まさか 南の果て(地球の裏側)まで調査に行く金も時間もあるわけでもないので、そこは勘弁願いたい。

2010.09.26(日) 曇
追加更新。
私有貨車(自備車)の車番体系について、鉄道部の資料を発見したので、その反映とともに、更新が遅延していた貨車画像の追加(差替)を実施。あと、未着手となっていた韓国鉄道貨車についても一気に復活更新。

秋になって涼しくなったので、「蒸機の季節」ということで、そろそろ蒸機の画像も復活させたいところではあるのだが、まだ頭の中で整理ができていない。
2010.09.25(土) 晴
今週は諸般の事情で 更新する時間がなかったのだが、昨日 やっと 川重兵庫工場90年史の資料が到着し、製造両数・車番などの内容が判明したので 早速補足している。なお、甘井子埠頭には ホッパー付電機というのも 存在するようだが(出典は 故辻圭吉氏写真集)、それについては 詳細が不明なので 言及していない。

資料請求は今回で一区切りつけて、あとは 更新作業を少しずつでも進めねば。

2010.09.19(日) 晴
今回は手抜き更新というわけで、まったく鉄道に関係ない「宝塚」編をこっそりと復活させてみた。いえ、今回は所用により第12回目の観劇予定をシフトせざるを得ない事情があったもので、銀座まで足を伸ばしていたという強引な関連付けもしてみる。

鉄道資料調査の方は、国会図書館への資料請求がほぼ一段落ついた。あとは資料の整理のみ。日中国交樹立前の商社史などに手をつけたらえらいことになるので、あまり触れたくはないのだが、興味本位で手を出してしまうかもしれない。

2010.09.11(土) 晴
今週も体の調子が悪いので、更新する気力がなかなか起きないが、未着手で残っていた マレーシア、中露国境(満洲里)関係の思い出を掘り起こす。シンガポールでの行程は 17年経ってしまってだいぶ忘れてしまったが、Google Map を見てやっと地理感覚を思い出した。

あと、昨年12月に甘井子で見かけた電気機関車の出自が判明した(川崎造船所製)のと、2002年度以後の中国向け輸出車輌数が判明したので、それも合わせて更新。電車の1260両があまりにも多すぎるので、これはどこまでを指すのかもう少し調査が必要ではあるが。

2010.09.04(土) 晴
今週は体調不良のため(病院に行ったりしたので)、更新どころではなかったが、やっと 1993年12月の国際市郊列車の旅と、中国国鉄の貨物扱駅・貨車諸元表リンク先の更新を実施。

暑くて外に出る気力もない。週末はひきこもり。

2010.08.31(火) 晴
今週は、あまり体調がすぐれない。
どこから手をつけたらいいかわからず 更新する気力が湧かないのだが、17年前にシンガポールに出かけたときの画像をもう少し掘り起こしてみようと思い立った。まずは 貨車から。

ジョホールバルの駅では、当時 二軸貨車が活躍していたが、近年グーグルアースでみたところでは、貨物扱いも廃止されてしまったのか、かなり単純な配線となっていたようである。旅の思い出を書けばきりはないのだが、まずは マレー鉄道での国境超え区間のみ 後日更新していきたい。

2010.08.29(日) 晴
今日は、暑いせいもあってか、一日家で寝てばかり。
窄軌編の画像で、残っていた 榮陽、芭石、英豪と、窄軌貨車の写真を追加。
2010.08.28(土) 晴
本日は、書籍査収と、写真展へ出向いてきた。「2010鐵樂者展」。
前回が「羅東森林鉄路」なのに対し、今回は台湾全般。1960年代〜1970年代にかけて蒸機(ならびに周辺の風景)を追いかけまくった記録。「蒸情台湾」 台湾現地で出版されたものだが、購入可能。今ならサイン付きで \2,000。

中国で 炭砿内の窄軌を精力的に廻っている 寺本氏と 邂逅。昨年9月の東神奈川以来。そのときは終了間際の展覧会に出かけて少し挨拶をしただけで終わってしまったので、さらに 2時間ほど歓談して帰宅の途に。

2010.08.27(金) 晴
ここ数日(24日〜26日)にかけて、サーバー不調のため 更新どころか アクセスすらできない状況が続いていたが、やっと復帰したので 貨車画像数枚と、「上海五鋼の思い出」 などを上げてみた。しかし、アップロード自体にかなり時間を要しているのが実態である。困った。

今週末は、またいくつか画像などを復活させていく予定。

2010.08.22(日) 晴
連日外が暑いので、なかなかしんどい。
というわけで、蒸機関係の地図とレポートの類をこっそり上げておく。

それにしても、まさか GQ70(70t軽油罐車)の写真を自分で撮っていたとは。豪雪下の平頂山で撮影していたのでその事実にすら2年以上気づかなかったが、よく写真を見たら 異径胴タイプのタンク体となっていた。「溶接技術」関係の記事を落としたときに気になってはいたのだが。こういう 見落としが過去の貨車写真にあるかもしれぬ。

2010.08.21(土) 晴
前日の睡眠不足(諸般の事情)のせいか、日中はかなりつらかったのだが、週末なので寝不足を気にする必要もなく更新ができるのが救いではある。

今回は、やっと 「蒸機の思い出」と銘打って 蒸機画像を数枚復活させることができた。自分自身の思い入れが強い、鉄法、元宝山、査庄、紹興 の 4ヶ所について、 「蒸機レポート」 の形に留まらない 「現地の思い出」を綴ってみた。あとは、自分のペースで ゆっくりとすすめていくことにする。

2010.08.19(木) 曇
貨車関係については、徐々に画像を復活させるだけ。

あと 「中国貨車論叢」 その5 として、日本から中国に輸出された鉄道車両の年度推移(これは貨車に限らないわけだが)を一表にまとめてみた。こうしてみると、ことのほか中国向けの輸出案件が他国に比べても極端に少ない。特に、1985年プラザ合意以後は 円高もあって鉄道車両の輸出が激減し、それもあって 非常に内向きな体質となっているのがわかる。1990年代から 中国各地で地下鉄の建設が進んだのだが、日本勢は見事に参入できていない。システム面も含めた一貫輸出の必要性は、1980年代から指摘されているにもかかわらず。その代わり、電装・艤装品の強さは圧倒的。

蒸機関係は、まずは 思い入れのある路線について色々書いてみようと思う。そのほうが 文章としてはまとまりやすいような気がするので、とりあえず、査庄、鄒城、鉄法などは 地図なども含めて書き出してみる予定。
2010.08.18(水) 晴
とりあえず、前日に引き続き 貨車関係の画像一部復活と、「中国貨車論叢」 その4 ということで、中国貨車の記号分類と番号体系についての補足。元々 引用した資料が 客車関係を中心に記載していたので、貨車については この表しか記載されていなかったのが実情。 そこで、今回は 実際に見たままの情報を追加補足してみた。 これで 中国貨車の現状がだいぶ分かりやすくなったと思うのだが、自画自賛に過ぎるだろうか。

あとは、蒸機関係の画像・レポートも復活させないとならないが、これは もう少し 時間がかかる。レポートだけならまだしも、蒸機の画像を抜粋するのもなかなか骨が折れる。思い入れのある場所が多いのだからなおのこと。
2010.08.17(火) 晴
最近、自分のサイトを更新するのが億劫になってきたことに気づいた。頭の中にはいろいろやりたいことはあるのだが、サイトの内容が見事に追いついていない。さてどうしたことかと考えてみたら、あまりにも雑多なコンテンツを入れすぎたという事実に気がついた。

そこで、今回 「China Steam, Freightcar Website」 の 原点に立ち返って、サイトの内容を整理することにした。とりあえず、「窄軌」(ナロー)の部分を復活させて、次に 懸案であった 「中国貨車論叢」 を復活させた。なお、貨車と蒸機の画像については、どれを残すか絞り込みが必要と考えている (焦らずできるところから)。

あと、更新期間が 不一定だと 周囲から忘れ去られることは自明の理なので、今後は一週間に一回のペースで更新することにしたい。 ブログのほうが更新は便利なのだが、時系列に流されるという欠点があることに気づいた。 特に、こういう画像の記録や、調査報告については きちんと 自分のサイトに 残しておかないとなるまい。

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